安全登山のお願い

神奈川県勤労者山岳連盟理事長 早川 尚武

連盟員各位

 早くも梅雨明けとなり、酷暑が続く日々を迎えております。皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。。これから本格的な夏山シーズンを迎えるに当たり、皆様に安全登山へのお願いを込めて、遭難事故についてお知らせ致します。これは、今後の事故防止に寄与できるよう、当該会より了承を頂いた上での通知文書となります。

 6月18日、県連所属会の3名パーティーで、剱岳にて重傷事故発生。概要を以下に記します。

「5:30 剣沢キャンプ場を出発し、12:10 剱岳山頂着、12:30 山頂出発。13:00 平蔵谷下降開始、平蔵谷の斜度がそれなりにあった為、ロープで確保しながら下降を始めた。降りる順番はM、SL(事故者)、CLの順で下降した。その後、斜度が緩くなり確保無しで下るようになり、平蔵谷出合まで約200mのところで、SLの背後より60 センチ四方ほどの雪の塊(本人談)が転がってきたが、SLが気づいたときは既に避けれる間合いではなく雪の塊がSLの右腕に直撃した。衝撃で吹き飛ばされ滑落停止の体勢も取れず30mほど滑落した。一見して分かるほど腕が曲がっており、足からも出血が見られたため、ロープでSLを確保し、エマージェントシートで体を包み、ビバーク体制を整えた後、Mが携帯電話からLINE にて所属会へ事故発生の連絡をした。その後電波不良のため通信は取れなかったが、事故発生の連絡を受け、所属会会長より富山県警へ通報をした。

18:20 富山県警のヘリが事故現場へ到着。SLをピックアップし済生会富山行院へ搬送。

CLおよびMは剣沢キャンプ場へ戻り、6/19 に室堂へ下山した。」

傷病名: 右大腿骨骨幹部骨折、右両側前腕骨開放骨折

 事故の分析につきましては、議論が様々あろうかと思います。一つ言える事は、避けがたい事象は、それがいかに少なくとも起こり得る。確率はどれ程低くとも、それが0でなければ遭遇する可能性は排除できない。どうか皆様、また当然私自身も含めて、安全にはくれぐれもご留意下さいます様、お願い致します。

また、かつては異常とされた気象状況が、今日では恒常化している異常事態。今年の早い梅雨明けと、それに続く恐ろしい程の猛暑がまさにそれを如実に現しているものと言えます。夏山での、日中と夜間との寒暖差。悪天候下での急激な気温の低下や強風。それと、日中の強い日射による急激な体温の上昇。これらいずれも生命を危険にさらす事態となります。特に、現状の酷暑は極めて危険です。どうかお気を付け下さい。

また、以下蛇足で申し訳ありませんが、以前にメール本文にて配信した内容を再掲します。ご一読頂ければ幸甚です。ロープワーク訓練中に、斜面から転落した事故を受けての記述になります。

態様としては、大丈夫であろう、問題ないであろうとの思い込み、思い違いに起因する認知バイアスの内の正常性バイアスに分類されるものと考察します。そもそも認知バイアスは、人間の心理的な機能であるので、これを防ごうとするのは、思考を止めるのと同様で理屈が通りません。困難な局面に置かれた場合、誰でも一度は、「どうにかなる。なんとかなる」と自分自身に言い聞かせた事はあると思います。もしくは、その様な助言をする等。この様な自己誘導は人間の心理的防衛機能であるので、それと深い関係にある認知バイアスについて、何か対処する事はまず無理と言えましょう。

人は必ず間違いをおかすものであるなら、ではどう対処すべきか。ダブルチェック、これも然り。とは言え、時間に追われた行動の中ではこれもなかなか難しい。やはり、訓練の反復によって、正しい動作、行動を「身に付ける」事が最善であると思料します。

以上、宜しくお願い致します。

 令和4年7月6日記