2年ぶりの東北。石巻の人たちのおもてなしが忘れられず+現地の復興を見届けたいという思いで参加しました。
気仙沼も訪れ唐桑半島の折石は明治29年の大津波で先端が折れていて100年に一度という地震~大津波がうそではないな、と言うことを実感させてくれました。
1日目は、10年来お世話になっている宮城県連&石巻山の会の人たちと交流し(里芋ほり体験など)、宿泊はいつもの水沼東部構造改善センターで素泊まり翌日は、すぐ裏の里山?(水沼山~上品山466m)を歩き林道の倒木の伐採など“石巻緑のハイキングロード”の整備を手伝いました。
2日目午後は気仙沼に移動し、津波で甚大な被害を受けた前向洋高校校舎跡地の震災遺構・伝承館を見学。
伝承館では、大変感動的なシーンがありました。映像シアターで見た『東日本大震災の10日後卒業式答辞・卒業生代表の言葉』に涙が止まりませんでした。(私は一番前の席でハンカチを濡らしていました、、、訪れる方は一番前の席がおすすめ、YouTubeでも見れますが涙が出るほどの感動ではありません(笑))やはり伝承館の展示物を見た後でないとね。ぜひ訪れてください。感動のYouTube URL⇐ここをクリック、又は https://youtu.be/LNU7ovLKZWc
2日目の宿泊は唐桑半島の唐桑ユースホステルにお世話になりました。食事は海の幸満載でたいへんおいしくこれでン千円?と登山者にはありがたい価格でした。缶ビールが足らなかったのでわざわざ宿の人に買いに行ってもらったり(笑)と必要以上のサービスを提供してもらいました。石巻労山の岡さん赤間さんもご一緒だったのでお二人を囲んで、黒部の伊藤新道の草刈りの活動、風力発電、ニホン鹿イノシシ被害対策など熱っぽく語りました。
3日目は、ユースホステルの少し先の唐桑半島ビジターセンタまで行き御崎岬の折石を見に行きました。
起源は約2億6千万年前の石灰岩で約1億2千万年前火山性の火成岩が入り込み、その熱によって大理石に変成しています。明治29年津波で先端の2mほどで折れてしまいました。それ以前はローソク岩と呼ばれていたそうです。(三陸ジオパーク資料より)
帰りは常磐自動車を通って一路横浜まで。
原発が近づくとモリタリングポストで放射線量が表示される。すこしビビった!
低い方で 0.2uSv/h 双葉町が高くて1.6uSv/h でした。(0.23 uSv/h以下が基準)
体も使い心癒される3日間でした。役員の皆様ありがとうございました!
毎回新しい発見のある復興支援活動の旅でした。みずなら山の会 入木田